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#142

曖昧さと素直さを大切に【ゲスト:イ・ウォンギ】

今回のゲストは、韓国発のブランド「エメモガーデン」代表のイ・ウォンギさんです。韓国・馬山(マサン)生まれ。釜山大学を中退後、兵役を経て来日し、6年間にわたり日本語とファッションを学ばれます。2019年、ペ・ジュンホ氏とともにブランド「エメモガーデン」を設立し、「日常と旅、その間にあるもの」をコンセプトに、日常の気分を高める豊かな色使いと、リラックス感のあるデザインを特徴としたアイテムを展開。洗練されたシルエットと丁寧なものづくりを大切にし、シンプルでありながらブランドらしさのあるプロダクトを手掛けられています。その経歴や経緯を深堀ります。

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#141

こちらは日暮里ゼミナールの補講の第70回となる#141です。 今回は、以前『仕事ができない後輩との付き合い方』なる議題を挙げてくれたリスナーさまから、再び届いたリクエスト回。前回の「平成レトロ」論争に引き続き、テーマは「将来『令和レトロ』として再評価されそうなもの」について。 今、我々が当たり前のように消費しているモノやカルチャーのうち、数十年後に若者たちから「エモい」「ダサかっこいい」と持て囃されるのは一体何なのでしょうか? ぼくが真っ先に挙げたのは「ソシャゲ(ソーシャルゲーム)」。今熱狂している世代が大人になった時、ふと「あんなくだらないものにバカみたいに課金してたよねえ」と、自戒まじりに懐かしむ日が必ず来るはずです。 さらに田島は「Bluetoothイヤホン」や「スマートウォッチ」といった現行の最新デバイスを挙げます。数十年後、インターフェースが「骨伝導」や「体内へのチップ埋め込み」へと進化していれば、耳からうどんを垂らしたり、わざわざ手首に液晶を巻いている今日の姿は、滑稽でありながらも強烈な「レトロ記号」になり得ると。 小学生のなりたい職業ランキングの上位を「ネット配信者」が占める現代ですが、プラットフォーム自体が衰退した未来から振り返れば、画面に向かって商品を開封したり咀嚼音を響かせている彼ら(インフルエンサー)の姿は、ある種の気恥ずかしさを伴う「令和の象徴」として語り継がれるのではないでしょうか。 最終的に議論は、二村の「世界はディープステートとグローバリズムに支配されている」という壮大な陰謀論へと脱線し、有耶無耶のうちに幕を閉じます。 我々が今、最先端だと思って疑わないこの日常も、未来の誰かから見れば立派な「レトロ」。そう考えると、この息苦しい時代も、少しだけ愛おしく思えてくるから不思議なものです。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/

令和レトロになりそうなものを考える【補講・後編】 令和レトロになりそうなものを考える【補講・後編】 令和レトロになりそうなものを考える【補講・後編】 令和レトロになりそうなものを考える【補講・後編】

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#143

本議題を提案したユスカルです。最近、原稿を書いていて言葉に詰まると、ついAIに頼りたくなってしまう瞬間が増えました。 今回のテーマは、我々のような下請け労働者の根幹を揺るがしかねない「AI(人工知能)との付き合い方」についてです。 すでに日常的にAIを活用し、有料プランまで使い倒している立場から言えば、現時点でAIは決して万能な代替者ではありません。 誤字脱字の修正や言い回しの補助、WordPressへの入力といった定型作業においては非常に優秀なアシスタントですが、門外漢の領域をスイスイと自走できるほどではない。 たとえば、普段は文章で生計を立てている自分や田嶋がコードを書くことはできても、その精度を担保したり発展させたりするには、やはり専門的な理解が不可欠なワケです。 また、文句ひとつ言わず応答してくれる「壁打ち相手」としての価値は高く、仕事に伴う孤独や不安を軽減してくれる存在ではあるものの、AIの出力をそのまま最終成果物として納品できるかといえば、答えはNOでしょう。 現状のAIは、自分が持つ知識や入力した情報を映し返す“鏡”に近い存在です。 入力する側の専門性を安定して超えてくることは少なく、問いの質が低ければ、返ってくる答えの質もまた低い。 誰もが「それっぽいもの」を生成できる時代になった一方で、それを取捨選択し、世に出せる水準まで引き上げる判断力は、依然として人間側に委ねられています。 とはいえ、本当に警戒すべきなのは「仕事を奪われること」そのものではないのかもしれません。 むしろ問題は、「思考するプロセス」を手放してしまうことにあります。 実際、自分や田嶋や大内のような物書きでさえ、ゼロから言葉を立ち上げることに、以前よりも億劫さを感じる場面が増えています。 行き詰まったとき、本来であれば頭の中の引き出しを探り、試行錯誤を重ねるべきところで、「AIに聞けばいいか」と安易にショートカットしてしまう。 この小さな省略が積み重なれば、思考力や文章を紡ぐ筋力は、確実に衰えていくはずです。 AIの普及によって、新人が試行錯誤を積む機会が減り、中間層の仕事が縮小していくという指摘もあります。 我々はAIという便利な道具を使いこなしているつもりで、じつのところ、考える過程そのものを外部に委託しているだけなのかもしれません。 生みの苦しみを手放した先に残るのは、効率だけなのか、それとも別の価値なのか。 そんなAIのある今日と未来について語っていきます。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/

AIは人間の「思考力」を奪うのか?【補講・前編】 AIは人間の「思考力」を奪うのか?【補講・前編】 AIは人間の「思考力」を奪うのか?【補講・前編】 AIは人間の「思考力」を奪うのか?【補講・前編】