#124
「人んちのおにぎり」が食えない理由【補講・前編】
こちらは日暮里ゼミナールの補講の第61回となる#124です。「人ん家の苦手なもの」について、本質的に何が嫌なのか、ゼミ長・二村康太を中心に考察します。
以前の補講『#120 「仕事ができない人」との付き合い方』では、
「仕事ができない人とは、結局のところバイブスが合わない人である」
という、身も蓋もない結論に至りましたが、
今回はその「バイブス」や「生理的に無理」の正体について、
さらに深掘りしていきます。
事の発端は、二村が以前から提唱している
「人んちのお母さんが握ったおにぎりが食えない問題」。
これを聞いて「わかる!」と膝を打つ人と、
「失礼すぎる」と眉をひそめる人に二分されるかと思いますが、
我々おじさん3名は概ね「わかる」派。
これは決してその家が不潔だとか、お母さんが嫌いといった単純な話ではなく、
その家に漂う独特の生活臭や、ラップを使わずに直接手で握るという工程への想像力が、我々の食欲にブレーキをかけるのです。
さらに話は「人んちの牛乳(のコップ)」
「やたら甘いおでん」「熟しすぎたバナナ」へと波及。
特にユスカルは「表革のレザー(特にツヤのあるもの)」に対して、
なぜか「セクシーすぎて直視できない」「SMの女王様やポリスメンを連想して恥ずかしい」という謎の生理的嫌悪感を抱いていることを告白。
一方で田嶋は「歯医者に入った瞬間のあの薬品臭が好き。清潔感があってフレッシュな気分になる」と、これまた理解に苦しむフェティシズムを披露します。
これら「生理的に無理」な感覚は、単なるわがままなのでしょうか?
議論を進めるうち、これらは「腐ったものを食べない」「自分に害をなす場所には近づかない」という、生物としての生存本能、野生の勘が働いているのではないかという仮説に辿り着きます。
見た目は立派な居酒屋でも「なんかヤバそう」と感じて店を出るあの感覚。
言語化できないけれど、脳が「ここはやめておけ」と警告信号を出している。
その正体こそが「バイブス」であり、
我々が日常で何気なく使っている「生理的に無理」という言葉の源泉なのかもしれません。
後編では、この感覚的な「バイブス」を、
科学的な「遺伝子」の側面から紐解いていきます。
TEXT:ユスカル
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