#120
「仕事ができない人」との付き合い方【補講・前編】
今回の補講は初(?)となるリスナーさまからのリクエスト回。
30代女性リスナーさまからいただきました「パワハラ含め、仕事ができない人との付き合い方」について語っていきます。
前編ではまず「仕事ができない」を定義しようと試み、二村は「“できない”はあくまで主観であって、その人の能力にマッチした仕事を預けられるかは、じつは仕事を振る側、ようは上司の“できない”と相似形である」と、説きます。
続けてユスカルは「例えばAという作業を後輩に教えなきゃいけない場合、ぼくは1分1秒でも早く帰りたいから、一通り流れを見せるだけで詳細は教えず自分で済ませてしまうような“できない”先輩だと思う。
だから後輩に対して“できない”と思うことはほとんどない。
そもそも自分自身ができていないから。
でも一方で、教えはするんだけど、今から言うことを一言一句メモって即実践して、というタイプもいて、そういう人は他人に“できない”レッテルを貼りがち」と、説きます。
つまり、思い描いた成果が得られなかった場合、預けた側は“できないヤツ”というレッテルを貼る。とはいえ、じつは預ける側にも問題があると。
あれやこれやと話すなか、人称代名詞が「お前」「◯◯ちゃん」はパワハラやセクハラに受け取られがちながら、使う人のキャラクターによって許される場合もある。
さらに、自分と20も30も歳が離れた後輩にいつまでも完璧な敬語で接するのも、それはそれで気持ち悪い。
やがては「結局はバイブス」「その人のキャラクター次第」と、ニュアンス的な方向へと収束していきます。
ぼくら3名ができるかできないかは一旦置いておいて、こと仕事(集団的社会行動)という場において、どのように立ち回ると“できる”と判定されるのでしょうか?
同じことをしているのにパワハラ認定される人とされない人には、どんな違いがあるのでしょうか?
TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/